26 8月

なぜ政務調査費の不正流用がこれほど続くのか・・その背景にあるもの

今井絵里子参議院議員といわゆる「不倫」関係にあったと言われる、神戸市議会議員が政務調査費を不正に流用しているのではないかという疑惑が、マスコミやネット上でも話題になっています。

私にとっても「例によって、またこの問題か」とウンザリする話題です。しかし、なぜこんなことが起きるのでしょうか。私はやはり、地方議会の緊張感の無さからくる議員の甘えと、特権意識がこのような事態を引き起こす原因となっていると思います。緊張感の無さとは、議会が行政側の提案にただ賛成するだけのいわゆる「オール与党」議会のぬるま湯体質。そして議員になれば「先生、先生」と言われて、自分が特権階級にいるかのような特別の意識。そうした意識を背景にして、「政務調査費の『不正流用』くらいみんなしている」ような錯覚におそわれ、こうした事態が後を絶たないのではないでしょうか。

いま国会議員や政治家は国民、有権者から果たして「尊敬」されている存在でしょうか。そうではなくむしろ、「軽蔑」される存在ではないでょうか。私も含めて議員、政治家はここを深く意識に刻まなければならないと思います。そして何より政務調査費の使用については、徹底的な情報公開が必要です。このような事件が1日も早く、なくなるために議員自ら、襟を正さなくてはいけないと思います。

07 8月

「過酷な新聞奨学生 新聞労連シンポ」(赤旗日刊紙)・・自身の体験を踏まえて

今朝(7日)は西武線多磨駅であいさつ、午前中生活相談、午後、一般質問準備など。さて今朝のしんぶん赤旗の4面には、新聞労連主催による新聞奨学生の実態を告発するシンポジウムの記事が掲載されています。記事によれば「集金がないコースを選択したのに、集金を強要され、賃金も支払われない」「突然、拡張(新聞の営業)をやるように言われ、授業に出られなくなる」のなどの相談事例を紹介。

シンポに参加した法政大学の上西充子教授は「新聞奨学生の募集は労働条件がはっきりしない。実質的に職業紹介事業になっているので、労働条件の明示が必要だ」とし、新聞通信合同ユニオンの加藤書記長は「奨学制度には、新聞発行本社、奨学会、販売店がかかわっている。本社が責任をもつようにすべき」と発言されています。

実は私自身も大学の1年と2年の時、日経新聞の新聞奨学生として勤労学生をしていた経験があります。豊島区の要町にある日経新聞の販売店に住み込みをし、朝3時に起きて朝刊の配達(部数は250~270部程度)。6時には配達を終えて、朝ごはんをとり大学に行き(夕ご飯もありました)、夕方4時までには、店にもどってきて夕刊を配達。確か週1日の休みは保障されていたと思いますが、新聞代の集金は毎月25日から行い、月初めまでには終わらせていました。新聞の営業拡販こそありませんでしたが、こんな毎日でしたので、朝刊の配達が終わったら「あと9時間後には夕刊の配達なんだな・・」と、毎日が時間の圧迫感を感じながら過ごしていた記憶あります。また部屋は店の2階に個室があり、間取りは3畳もない小さな部屋で夏は暑く、冬は寒い毎日。いっしょに働いていた仲間は「まるで『独房』のようだな」と笑いながら、冗談を言っていた記憶があります。

また小遣いとして、毎月7~8万もらっていた記憶があり、日経新聞社から1年間50万円の奨学金が保障されていました。私が住み込みをしていた店には、12~13人の大学生や予備校生の仲間もいて、私は2年間、一応単位はすべて取得はしました。予備校生も大変優秀な方も多くいて、あの過酷な労働のさなかに受験勉強して、有名私大などに合格した予備校生もいました。

あれから26年の歳月が経ちますが、今日の赤旗の記事を見て、自分が働いていた時代よりも、さらに新聞奨学生の勤務状態が悪化していることに、胸を痛める思いです。私が新聞奨学生だったのは平成元年と2年の時、バブル経済絶好調の時代。新聞奨学生などあまりいませんでしたが、今は格差と貧困の時代のなか、働きながら学校に通う学生も多いのではないでしょうか。わたしはあらためて社会の貧困、そして未来ある若者に対して将来を展望できる、政治の責任を感じるものです。

09 7月

「風に乗るだけでは・・記者のひとりごと」(毎日新聞多摩版)を読んで

今朝(9日)の毎日新聞多摩版に、今回の都議選を振りかって、記者のコラム記事が掲載されています。タイトルは「風に乗るだけでは」と題して、この都議選で大躍進を果たした都民ファーストの会について、円谷美晶記者が書いています。そこには、ファーストの会が次々当選するのを、複雑な思いで見ていたとして「小池氏の人気にすがるように所属していた政党を離れ、都民ファーストの会の公認・推薦を得た現職、元職も多かった。ある元職は『当選しなければ何もできない』と話した。確かにその通り。当選のために最大限の努力をするのは当然だ。しかし、もともとの政党で掲げていた旗はどこへいったのか。納得のいく説明もないまま、『風』に乗って当選していった人も多かったように思う。一方、自民や民進公認の落選者の中には、政治や政策への熱い思いをもち、語ってくれた人がいたい。政治家として信念を貫く人が生き残れないのはもったいないと感じた」と指摘、最後に「4年後にはどんな風がふき、どれほどの人(ファーストの会の議員)が再び有権者に選ばれるのだろう」と感想をのべています。

一方で私は今回の都議選でのたたかいを通じて日本共産党の「志」を再認識しました。「国民が主人公の社会」をつくるために、「国民の苦難軽減のために国民に寄り添い、国民と深く広く結びついて日本社会を良くする」日本共産党にあらためて、誇りをもちました。1990年代以降、次々と多くの政党が現れては消えていった20年間でしたが、一貫して共産党は立党の原点を草の根から貫いてきました。その間、共産党の議席数も浮き沈みはありましたが、党の歩みは一貫していました。

私は日本共産党の強みは、「党建設」にあると思っています。日頃の赤旗配達業務をはじめ、一人ひとりの党員が支部に結集して、草の根から活動を支えあって政治戦を戦えるのは、共産党だけではないでしょうか。労働組合や各種団体に選挙戦をになってもらってたたかう政党は、結局、「根なし草」のような党組織になってしまうと思います。これからも私は一議員として、党建設を支えていく決意をあらたにしています。

21 12月

国民の年金は削減、地方議員の共済年金制度は復活?・・国民の理解を得られるだろうか

昨日の12月定例議会最終日では、年金制度にかかわる2本の意見書が提案されました。1本目は「地方議会議員の厚生年金への加入を求める意見書」。市政会(自民党)、公明党両会派の議員が提案をされ、趣旨は「議員の年金も廃止されて、投票率の低さや地方議員のなり手不足が問題になっている」「地方議員の確保のためにも議員の厚生年金への加入を求める」との中身(地方議員共済年金制度は、2011年に廃止)。以前、私はブログで、自民党本部がプロジェクトチームをつくり、法律改正して、この制度を復活させる動きがあることについて書きました。今回提出された意見書は、この流れのなかで府中市議会でも提案されたものと思われます。ちなみに、この意見書は賛成多数で可決(共産党と生活者ネットは反対)。

2つめは「将来にわたり全世代に影響を与えることのない年金制度の確立を求める意見書」です。12日の厚生委員会では年金者組合からの陳情で「今国会で審議中の年金改革関連法案は、年金の削減を前提とした年金受給者の生活を脅かすないようであり、かかる制度の導入と撤回を求める意見書の採択を求める陳情」が委員会採択されたことをうけ、4名の議員で提出した意見書でしたが、残念ながら反対多数(市政会、公明党が反対)で否決となりました。

先の臨時国会では自民、公明両党と維新の会が、「年金カット」法を強行可決しました。これは、物価の変動や賃金変動に関係なく、国民の年金支給額を削減するという法律です。「国民には年金削減の強行、地方議員には共済年金制度の創設」・・・。

一方で、地方議員の政務調査費にかかわる、一連の不祥事が多数発覚中。この状況下で、私は一地方議員として、国民、市民のみなさんに自信をもって、「地方議員年金制度の復活を!」、と主張することができません。みなさんの御見識はいかがでしょうか。

 

 

 

24 10月

「それでもトランプ・・置き去りにされた人々の最後手段」 アメリカ大統領選挙で何が起こっているのか(朝日新聞)

今朝は西武線多磨駅であいさつ、午前中、議員団打ち合わせ、夕方に宣伝、夜は議員団の市政報告会を予定。 さて11月8日にアメリカ大統領選挙。日本共産党が綱領で規定するように、わが国は対米従属の状況下にあるもとでは、アメリカ大統領選挙の動向に注目せざるをえません。23日付の朝日新聞2面に、「それでもトランプ」という大見出しで、2面の全面を使い、共和党候補のドラルド・トランプを支持する米国民の声を伝えています。

アメリカの状況について先日、約20年ぶりにハワイに観光に行ったという人が、真剣なまなざしで私に話してくれました。「ハワイに行ってショックをうけた。路上生活者のその多さに、仰天した」「20年前には見たこともない光景だった。テントをはって家族で路上生活をする人も多数見た」「アメリカがこんな国に成り果てていたとは、本当にショックだった」と、しみじみ語っていました。調べてみると、アメリカでは、路上生活になった者は、その生活を少しでもしのぎやすくするため、1年を通じて温暖な地であるハワイに移り住みに来るとのこと。2015年には非常事態宣言も発令されたとあります。たとえば、こうした人たちが、トランプ候補がアメリカ政治を変えてくれると期待しているのでしょう。

私は先日、民主党の大統領候補だった、バーニーサンダースの書籍を読みました。そのなかでサンダース氏は「この国の支配階級は、投票率を低くしておくことが、自分たちにとっていかに大事か、よくわかっている」、「貧困層が投票すれば、政府は、経済的不公正、医療、教育など、今日ほとんど無視されている問題に、もっと注意をむけるだろう」と論じていました。 ところが 今日のアメリカでは、これまで政治にアクセスしない、できなかった貧困層や国民がトランプ候補を接点にして、ワシントンの政治にアクセスしようとしているのです。朝日の記事では最後に「トランプ氏が大統領選で勝とうが負けようが、彼を支持した人々は決して消えはしない」と結んでいます。近い将来、日本の政治変革をめぐる光景が、今日のアメリカに存在しているような、そんな気がしています。

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